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最高裁判所第一小法廷 昭和56年(オ)579号 判決

上告人

大野信廣

右訴訟代理人弁護士

伊神喜弘

被上告人

大同メタル工業株式会社

右代表者代表取締役

森崎延一

右訴訟代理人弁護士

片山欽司

今枝孟

初瀬晴彦

右当事者間の名古屋高等裁判所昭和五四年(ネ)第一一二号雇用関係確認請求事件について、同裁判所が昭和五六年三月二六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人伊神喜弘の上告理由第一点及び第二点について

原判決は、被上告人の上告人に対する本件解雇の意思表示が懲戒解雇ではなく普通解雇としてされたものであるとし、これを前提として右解雇が有効であるとしたものであり、原審の右の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。所論引用の判例は、いずれも事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、原判決と異なる前提に立ってこれを論難するものであって、採用することができない。

同第三点及び第四点について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、違憲をいう部分を含め、独自の見解に立って原判決の法令の解釈、適用の誤りをいうものにすぎず、採用することができない。

同第五点、第六点及び第八点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第七点について

所論中、理由齟齬をいう点は、原判決が、所論指摘の一審判決の認定事実を削除しながら、右認定事実と矛盾する証人出水泰弘の証言部分を排斥する一審判決の判示部分を引用したのは、不要な判示をしたにすぎないものであって、右判示を引用したからといって原判決の理由に齟齬があるものということはできず、その他の論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するにすぎないものであって、いずれも採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村治朗 裁判官 藤﨑萬里 裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一 裁判官 角田禮次郎)

上告代理人伊神喜弘の上告理由

第一点 原判決は最高裁判所の判例に違反した判断をしている。

一、最高三小昭和五三年三月二八日判(労働経済判例速報九七九号二四頁)は「政党機関紙を配布するため反覆して運行経路外を走行していたことが就業規則所定の懲戒事由に当たるとした貨物自動車運転手に対する普通解雇がその実質において懲戒処分であり、懲戒権の濫用にあたり無効である。」と判示し、懲戒事由に該当するとしてなした普通解雇の効力を否定している(同旨の高裁判例として高松高判昭和四三年七月一六日労働経済判例速報七四三号八頁がある)。

二、1 ところで、本件の場合も形は普通解雇であるが、その実質は懲戒処分である。

これは、本件が解雇されるに至るまでの人事委員会の議事録、通常解雇が選ばれたいきさつ、解雇辞令の内容と、体裁を検討すれば明白である。

(一) 昭和四七年八月二一日人事委員会議事録(乙第四号証)には会社側委員の発言として「懲戒解雇に該当するが本人が希望するならば自己都合退職を認める」との記載がある。

(二) 証人岡田の証言(甲第二三号証の一、三~四丁)をみれば、「会社の方は懲戒解雇をしたい」と考えていたが、組合のほうの労使協議会でも人事委員会でも円満な方法で解雇して下さいとの意向によって通常解雇という方法がとられたいきさつが認められる。

(三) 解雇辞令(乙第二号証)の記載は「貴殿は就業規則第九二条第八号ならびに同第九三条第四号および第六号に違反する行為がありましたので労使人事委員会および中央労使協議会の意見に基づいて同二三条第六号を適用し、労働基準法第二〇条の定めによって平均賃金日額の三〇日分を支給して下記のとおり解雇します。」というものであり、懲戒処分事由に該当したため解雇すると明言している。

2 被上告人は仮処分事件の答弁書(被上告人の主張としては最も初期のもの)で「申請人の前記所為は懲戒解雇事由に該当するものであるが、申請人の将来を特に考慮し懲戒解雇を避け、昭和四七年八月三一日申請人を就業規則二三条六号により通常解雇したものである」と述べ(本訴状添付の答弁書参照)、実質は懲戒解雇であることを示している。

3 原判決も本件解雇に至る経過について、「(八月二一日の、人事委員会においての結論)以上の原告の所為は、懲戒解雇相当であるが、本人が希望するときは自己都合退職を認める。」(原判決引用にかかる第一審判決二七丁裏)「そして同年八月二九日開催の中央労使協議会においても、人事委員会の右結論が了承された。そこで被告は、同月三一日、原告に対し任意退職の意思を確認したが、原告はその意思はないと返事したため、即時本件解雇をするに至った。」(同二八丁表裏)と認定している。

4 以上1乃至3のとおりであって本件は形は普通解雇であるがその実質は懲戒処分である。

三、1 しかして原判決は被上告人会社が懲戒事由の存在を主張するのに対し懲戒解雇事由が認められるものはない旨判示している。

(一) 上告人の逮捕、勾留及びこれに関する報道による会社の信用失墜について(就業規則九三条四号)

「これとの均衡を考えると、被控訴人の逮捕、勾留及びこれに関する報道による控訴人会社の信用失墜が前記規則九三条四号の懲戒解雇事由になるかどうかは被控訴人が真実右被疑事実を犯したものであるかどうかの結論をまって決せられるべき問題である。ところが、本件においては、被控訴人が、男一人、女一人を泊めた事実は認められるものの、それが坂口、永田両名であることを被控訴人が知っていたかどうかは、右犯意の裏づけとなる人的物的証拠が充分でないため処分保留のまま釈放され、その後嫌疑不十分として不起訴処分になっているのである。したがって右経緯のもとでは、被控訴人が被疑事実を犯したと認定するのは困難であるから前記規則九三条四号の懲戒解雇事由の存在は認めることができない。」(原判決一二丁表裏)

(二) マイク放送、ビラ配布及びビラ貼付による特定個人への誹謗、重大な侮辱について(就業規則九三条六号)

「右内容は文言からみて組合幹部に対する批判を主たる目的としたものであり、これが同時に野末、加藤個人に向けられた侮辱又は誹謗であるとしても、その違法性は軽微であり、これをもって懲戒解雇事由とすることはできない。」(原判決一三丁表裏)

(三) 被上告人会社主張の上告人の会社施設及び敷地内におけるマイク放送、ビラ貼付、ビラ配布問題(就業規則九二条八号)

「仮に規則該当の行為があったとしても、減給又は出勤停止等の処分を行いうるに過ぎず、懲戒解雇事由となりえないことは明らかである。」(原判決一一丁表)

(控訴審判決は就業規則九二条八号に該当するか否かについて判断していないが、第一審判決はこの点判断しており就業規則九二条八号に該当すること自体否定している。第一審判決三一丁~三三丁参照)

2 被上告人会社は就業規則八九条乃至九六条に懲戒について規定し、九一条、九二条及び九三条に懲戒処分事由を定めている。これらに定める懲戒処分事由に該当しない場合には、被上告人会社において懲戒権を行使することは制限されていると解すべきである。すると懲戒解雇事由がないのに普通解雇に及んだ本件は懲戒権の行使に濫用があり無効である。

しかるに原判決はこれを有効としたのであって、前掲の最高裁判決、高裁判決と相異なる判断をしたものである。

3 原判決は上告人が逮捕されたことによって被上告人会社の信用が失墜されたとの被上告人の主張について、就業規則九三条四号「故意または重大な過失によって会社の信用を失墜したとき」に該当しないと判示し、マイク放送、ビラ配布による特定個人への誹謗、重大な侮辱に該るとの主張について就業規則九三条六号「他人に対し、正当な理由なく誹謗、または重大な侮辱をしたとき」に該当しないと判示し、会社施設及び敷地内におけるビラ貼付、ビラ配布に該当するとの主張に対し「懲戒解雇事由となりえないことは明らかである」と判示しながら、普通解雇の効力の判断の項では「また会社内部においても、職場の規律及び秩序を乱し、ひいては生産の阻害をもたらすおそれのある前記判示(原判決理由6(一)ないし(三))のような活動を行っていたものと認めるのが相当である」(原判決一五丁裏)と判示し、又「被控訴人の前記報道が企業としての控訴人会社の信用ないし社会的評価にある程度悪影響を及ぼしたことが認められる」(原判決一六丁裏)と判示し解雇処分を有効としているのは大きな矛盾である。

第二点 原判決は高等裁判所の判例に違反した判断をしている。

一、懲戒解雇事由が存在するとき通常解雇を有効とする判例は多数あるが、逆に懲戒解雇事由が存在しないとき通常解雇が有効と認められるべきでない。懲戒解雇の意思表示が無効とされたとき、これを普通解雇の意思表示に転換できないとの判例も右の考えに由るものである。懲戒解雇の意思表示が無効とされたとき、これを普通解雇の意思表示に転換できない旨判示した高裁判決として福岡高判昭和四七年三月三〇日労働経済判例速報七八八号三頁がある(同旨地裁判決として福島地会津若松支判昭和五二年九月一四日労働判例二八九号六三頁、新潟地長岡支判昭和五四年一〇月三〇日労働判例三三〇号四三頁)。なお、地裁の判決ではあるが大阪地判昭和四五年一一月一九日労働経済判例速報七四四号八頁、労働判例一二六号六頁は「懲戒解雇に代えてされた普通解雇が有効であるためには、懲戒解雇事由が存在し、且つ懲戒解雇手続を不当に潜脱するものでないことが必要であると解すべきである。」と判示している。

二、ところで、本件の場合仮に実質に懲戒処分といえないとしても、被控訴人会社において懲戒解雇事由ありとし懲戒解雇にしようとしたが、原告の将来のことを考え通常解雇したというのであるから、本件解雇が有効となるためには懲戒解雇事由の存在が認められるべきである。しかし原判決はこの点否定しているのであるから本件解雇が有効となる筋合はなく、この点において原判決は高等裁判所の判例に反する。

第三点 原判決の就業規則二三条六号「その他前各号に準ずる程度の事由のあるとき」の条項の解釈には次の点において法令違反がある。

原判決は同号の趣旨は就業規則二三条一号乃至五号の各号には直接該当しないが、従業員の行動が、職場秩序、規律の維持、企業の円滑な運営上、解雇されてもやむを得ないと認められる程度の不適格性を具えておれば解雇できるものと解すべきと判示する(原判決一三丁裏~一四丁表)。

しかしながら従業員の行動を職場秩序、規律の維持、企業の円滑な運営上の観点から問擬し、解雇事由として認めることは、実質上被上告人会社に懲戒権の行使を認めることを意味している。しかして、被上告人会社は就業規則九一条(1)号乃至(6)号、同九二条(1)号乃至(10)号、同九三条(1)号乃至(13)号の各規定で懲戒処分事由を定めており、かつ、就業規則二三条(3)号は「懲戒解雇の処分が決定したとき」を通常解雇事由として定めている。したがって、右以外に被上告人会社が懲戒権を行使する余地もなく、その必要性もないから、原判決が就業規則二三条六号「その他前各号に準ずる程度の事由のあるとき」の趣旨を「従業員の行動が、職場秩序、規律の維持、企業の円滑な運営上、解雇されてもやむを得ないと認められる程度の不適格性を具えておれば解雇できるものと解すべき」と判示したのは法令の解釈の誤りといわなければならない。

第四点 原判決は就業規則二三条六号「その他前各号に準ずる程度の事由のあるとき」を適用して本件解雇を有効としたが、右適用には次の点で法令の解釈及び適用の誤りがある。

一、原判決は就業規則二三条六号「その他前各号に準ずる程度の事由のあるとき」について第三点で引用したとおりその趣旨を解釈するが、右解釈を仮に百歩譲って容認するとしても、就業規則二三条(1)乃至(5)号、同九三条(1)乃至(13)号及び労働協約七九条(1)乃至(4)号、同八二条には懲戒解雇事由及び通常解雇事由として多種多様な事由に亘っており、したがってこれらに定められた事由以外に一般条項としての就業規則二三条六号が働きうる余地はほとんどないと考えられるのでありその適用には極めて慎重であるべきである。

就業規則に解雇事由が規定された場合には使用者が自ら解雇事由を制限したとみるべきであり(東京高判昭和五三年六月二〇日判例時報九〇二号一一四頁)、勿論労働条件の内容となっており、殊に労働協約で使用者が労働組合と雇用解消事由について協定しているときは、その規範的効力から、雇用解消事由が労働条件となっているのであるから、就業規則二三条六号のような一般条項としての解雇事由を安易に適用することは、就業規則及び労働協約で定められた通常解雇事由及び懲戒解雇事由を形骸化させ、使用者の解雇権の濫用を許容する危険が大きい。

二、ところが、原判決は就業規則二三条六号を安易に適用したため、就業規則及び労働協約によって使用者が自ら制限したと認められる懲戒解雇事由を潜脱する結果となっている。

1 原判決は「被控訴人が反社会的暴力集団である連合赤軍の一員ないし支援者として、これと極めて密接な関係をもっていたものであり」と判示するが(一五丁表裏)、後記のとおり証拠の採証法則に著しく反した独断的な認定であるが、仮にこの点を暫く措いても、上告人が連合赤軍の一員ないし支援者であったとしても、そのこと自体で解雇事由とすることは憲法一四条所定の思想・信条の差別的取扱を許すこととなり違法であることは論を俟たない。

2 原判決は「会社内部においても、職場の規律及び秩序を乱し、ひいては生産の阻害をもたらすおそれのある前記判示(原判決理由6(一)ないし(三))のような活動を行なっていたものと認めるのが相当である」と判示するが(一五丁裏)、これらの行為が懲戒解雇事由に該当しないことは原判決が自ら認めるところである(原判決一一丁表、一三丁表裏)。原判決は被控訴人の主張する就業規則九三条六号(特定個人への誹謗、重大な侮辱)について「右内容は文言からみて組合幹部に対する批判を主たる目的としたものであり、これが同時に野末、加藤個人に向けられた侮辱又は誹謗であるとしても、その違法性は軽微である」として該当することを否定し、就業規則九二条八号「会社の施設及び敷地内において、会社の許可なく掲示及び貼付または図書印刷物を配布し、または放送もしくは演説をしたとき」については懲戒解雇事由となりえないことと判示し、該当するか否か判示をしていないが、第一審判決によれば、上告人の行為が九二条八号にも該当しない(若しくは同号違反をもって問責するに足りる程の違法性は存しない)旨判示しているから、これによれば結局、上告人の行為は如何なる懲戒事由にも該当しないことになる。

したがって、第一審判決理由6(一)ないし(三)のような活動について「会社内部においても、職場の規律及び秩序を乱し、ひいては生産の阻害をもたらすおそれのある活動」と判示し、解雇を有効たらしめる事由としてあげられるのは不可解であり矛盾する。

3 同じ問題は上告人が、被上告人会社の従業員であること及び坂口、永田を蔵匿したとの容疑事実によって逮捕、勾留された事実が、テレビ、新聞で報道されたことによる会社の信用失墜、事業への影響の責任について(実際にはこの点においても後記のとおり証拠の採証法則違反があるが)、就業規則九三条四号(故意又は重大な過失によって会社の信用を失墜したとき)でもいえるのである。即ち、原判決は一一丁裏~一二丁裏にかけて就業規則一三条六号(いわゆる起訴休職制度の条項)、同九三条一三号(刑罰法規に違反し、第一審にて有罪の確定判決を言渡され自後の就業に不適当と認められるとき)との条項との均衡上、嫌疑不十分で不起訴となった上告人のケースにおいて、九三条四号の該当を否定している。そうであるのに「これらの点について、被控訴人は、右報道による会社の信用失墜、事業への影響の責任は、被控訴人について、被疑事実が認められず、不起訴処分となった以上報道機関に向けられるべき問題である旨主張するが、右不起訴処分は、犯意について証拠不十分とするもので、被控訴人が坂口、永田両名を泊めた事実まで否定するものではないから、これを前提とする報道による控訴人会社への責任の一端は被控訴人についても認められるべきものといわねばならない」として、会社の信用失墜、事業への影響の責任を解雇を有効たらしめる事由としてあげるのは不可解という外ない。

しかも責任の一端が解雇の容認であっては、上告人に責任の一端ではなくその全部をとらせるものであって、実質的に懲戒解雇を容認することとなる。

4 即ち、原判決は就業規則二三条六号を安易に適用して実質上就業規則に定める懲戒解雇事由を潜脱させ、使用者の解雇権の濫用を許容しているのである。

第五点 原判決は「被控訴人が反社会的暴力集団である連合赤軍の一員ないし支援者として、これと極めて密接な関係を持っていたものである」旨判示するが(原判決一四丁表~一五丁裏)、これは著しい証拠採証法則に反した法令違反がある。原判決の予断と独断の顕著な判示で、ただ慨嘆あるのみである。

一、連合赤軍の一員と支援者とでは大きな違いであるのに同列に考えているのは不当であり、原判決の事実認定の甘さを象徴的に示している。

二、原判決は、上告人が連合赤軍の一員ないし支援者として、これと極めて密接な関係を持っていたとの事実を裏づけるものとして掲げる間接事実には次の如き問題がある。

1 「被控訴人は、不起訴処分になった犯人蔵匿罪については、昭和四六年八月頃、被控訴人が活動の拠点として他から賃借中の小屋に男一人、女一人を泊めた事実を認めており、犯意は別として、連合赤軍幹部である坂口、永田を泊めたことは事実として認められること」について、犯人蔵匿罪は犯意が全ての罪であり、犯意が認められぬ以上坂口、永田両名を泊めたと評価できない。特に本件では上告人において、男一人、女一人が坂口、永田両名であること自体を知らなかったというのであるから、仮に坂口、永田両名が小屋に泊ったことが事実であったとしても、少しも上告人が連合赤軍の一員ないし支援者ということに結びつくものでない。

2 「原審における被控訴人本人の尋問の結果によれば、被控訴人が前記小屋に泊めるのは被控訴人と思想的に同調ないし共鳴できる人物に限定され、被控訴人の知り合いか、又は紹介者があるものだけを泊めた」ことについて。

原判決は「被控訴人と思想的に同調ないし共鳴できる人物に限定される」というが、第一審における上告人の尋問の結果は「いわゆる一般的な意味での信頼関係といいますか、それはありますからその範囲では泊めております。」「一般的な範囲で……いわゆる話し合える人。」と答えているのであって、かなり広い範囲の人間のことをいっている。原判決の引用する「被控訴人と思想的に同調ないし共鳴できる人」というのは上告人自らいったものでなく、被上告人会社代理人の発問であり、これに対し上告人は「同調というのか、共鳴できる人」と答えている(以上第一審第二一回口頭弁論速記録二七丁)。

そもそも該小屋は工場委員会の事務所であって、工場委員会のメンバーは、上告人の外は、長谷川善一、北野雅則、林司、佐藤金治、森山勲等であり、これらの者が連合赤軍でないことは明らかである。

工場委員会の活動は、会社と癒着した労使協調の体質をもつ大同メタル労組の体質を変えようとするところにある大衆組織であり、その構成員をみても思想的にかなり巾広いものであった。甲第八号証(九・一一地域斗争経験交流集会と題する小牧市民戦線名義のビラ)をみても「小牧市民戦線に期待する!」として大同メタル工場委員会が、当代理人弁護士伊神喜弘外、永田郁夫(作家)、中京電機労働組合有志、小牧地区反戦青年委員会、渡久地政司(豊田市会議員)、水原博子(岩倉町会議員)、春日庄次郎(社会運動家)、水戸厳(物理学者)、杉浦明平(作家)、吉川勇一(べ平連事務局長)、秋山幹夫(弁護士)、小長井良浩(弁護士)、杉本昌純(弁護士)、もののべながおき(市民運動家)、豊田市政研究会、東海地区反戦連絡会議とともに、名前を連ねているのであり思想的にも、政治的にも巾広い団体であったことを示している。原判決のいう「反社会的暴力集団」というものではない。

したがって、該小屋に、坂口、永田が泊ったから上告人が連合赤軍の一員ないし支援者に結びつくという論理はなりたたない。

3 「証人岡田一郎の証言によれば、前記不起訴処分となった理由は、後に赤軍派関係事件で軽井沢で逮捕された寺林真喜江か、後に赤軍派に所属した山本順一に依頼して坂口、永田の両名をかくまってもらうため右両名を被控訴人のところへ連れて行ったが連れて行った山本順一がその後虐殺されたため、前認定のとおり犯意の点が証拠不十分となったものである。」について。

不起訴理由はその性質上、捜査の秘密及び被疑者のプライバシーの保護の観点から第三者に明らかにされるべき筋合のものでない。当時の担当検事もこのことも十分念頭において仕事をしていたはずである。

したがって仮に岡田一郎が検事から不起訴理由を聞いているとしても正確である保障はない。又甲第二三号証の三の三八~三九丁をみれば岡田一郎が不起訴理由を聞いたのは証拠物の返却をうけに出頭したときたまたま聞いた程度のことでもあり、自ら「そんなに詳しくない」とも証言している。

上告人自身は寺林真喜江から頼まれた事実も否定し(第一審二一回口頭弁論速記録二七~二八丁)、山本順一も知らないといっている(第一審一八回口頭弁論速記録三〇丁~三一丁)。

長谷川善一、北野雅則、林司、佐藤金治、森山勲ら工場委員会のメンバーは全て警察より詳細な取調べをうけ、上告人自身も黙秘せず事情を説明しており供述を拒否していたわけでないのに上告人の犯人蔵匿について遂に裏づけられなかったものである。

以上の諸点を考えると証人岡田の証言する不起訴理由は必ずしも信用できるものでない。

4 「引用にかかる原判決認定事実によれば控訴会社の組合大会におけるビラ配布は右寺林真喜江のほか、後に中京安保共斗の一員となった加藤倫教らも参加している。」について。

上告人がビラ配布を依頼したのは日中友好協会の救援組織の代表である座間俊太郎であって、同人が実際だれをつれてくるのか上告人は知らなかった(第一審一七回口頭弁論速記録三五~三六丁)。寺林真喜江及び加藤倫教がビラ配布に来たことは上告人が連合赤軍の一員ないし支援者と結びつくものでない。座間俊太郎、山田明、田尻博は連合赤軍でない。

又、組合大会でのビラ配布は昭和四五年八月三〇日であり当時中京安保共斗も連合赤軍もなかった。

5 「被控訴人らの配布ないし貼付した各種のビラの中には、「生産をかく乱せよ」、「地方赤軍の拡大を通じて主力赤軍を拡大せよ」、「革命斗争、人民解放、民族解放の血の斗争が生み出した人民の尊い遺産」、「生産点支配秩序のマヒ、その持続化」「対権力斗争、逮捕後とくにきびしく続けられる敵権力の心臓を黙否に徹して実行」等々連合赤軍若しくはその同調者であるかのように思われる文言が多数用いられている」ことについて。

これも上告人が連合赤軍の一員ないし支援者であることに結びつかない。

いずれも所謂旧左翼、新左翼の使用する常套語の域を出ない。第一審判決が正当にも判示するように「毛沢東語録からの抜書部分もあることが認められ、全体としてみれば抽象的短絡的な文言の羅列にすぎず、これら具体性のない短絡的な文言」である。

6 その他

(一) 乙九号証の一(昭和四七年八月三日付中日新聞夕刊)には犬山反戦について「だがこれまでは街頭宣伝やビラ張りなどの活動をしていた程度だった」と報じておる。

(二) 昭和四五年八月三〇日の組合大会でのビラ配布について第三者に依頼しているが、それは「それは組合の体質を見てもわかりますように、一番初めにぼくが組合員になって大会で発言した、その直後に出た役員の意見を見てもわかるように、こういう問題に対しては非常に敏感ですよね。それから日常の組合のあり方、それから組合大会に出てくる来賓の意見、主にトヨタ系の役員が多いんですけれども露骨な労使協調であり、斗う部分に対しては露骨に敵意を持てると、初めから裸で一人で斗わなきゃいけないということが、飛び出ることの危険性は身をもってわかりますけれども、ぼくが解雇されたときに組合のとった態度を見ても明らかに現われてきます。

みんなの意識、組合の力とか、そういうものに合わせて活動するわけです」(第一審一七回口頭弁論速記録三七丁)というのであり相応の理由がある。第一審判決二6(三)の件は工場委員会の内部討論資料であって特段非公然にしたわけでない。だからこそ組合支部の渡辺国宏の手を介して会社に提出されることとなったのである。

仮に上告人の行為中非公然と評価されるものがあったとしてもこれが連合赤軍の一員ないし支援者との認定に結びつくものでない。

(三) 乙第一八号証の三、四のビラで上告人が自ら「赤軍派」と名乗っているのが具体的に連合赤軍のことを指しているのでなく一般的に赤軍派といっていることは明らかである。その他若干不穏当な文章もあるがそれは当時組合が上告人の解雇に加担したことに対する感情のたかまりから使用したものであり、それ以上の意味づけをするのは上告人に酷である。

7 以上のとおりであり上告人が連合赤軍の一員ないし支援者としてこれと極めて密接な関係をもっていた事実を裏づける証拠はない。

仮にも裁判所がかような認定をするのは驚くべきことであるとともに許しがたいことである。

第六点 原判決は「被控訴人に関する前記報道によってその事業執行にかなりの支障を生じたであろうことは容易に推認できるところである」(原判決一六丁表)、「被控訴人の前記報道が、企業としての控訴人会社の信用ないし社会的評価にある程度の悪影響を及ぼしたことが認められる」(原判決一六丁裏)と判示するが証拠の採証法則を誤った法令の違反がある。

一、1 原判決は「原審証人岡田一郎の証言によれば、右報道直後取引先の大手各自動車会社から控訴人会社に連合赤軍関係者がいたことから、製品の品質、納期等今後の取引の円滑的継続を懸念して問い合わせが相次いだことが認められる」と判示するが(原判決一六丁表)証人岡田の証言は信用できない。既に第一審、第二審の準備書面でも指摘したように同人の証言の内容は「取引先からも営業担当の者にはあなたの会社にこういうような反戦グループか何かあって、新聞によれば、連合赤軍との関係もありそうということだけれども納入することについて、納入期限とか、そういうことがあっちゃ困るけれどもそういうことがないようにという話があったということは聞いている」というのであり(第一審一三回口頭弁論速記録一九丁)、そもそも伝聞証言であり具体性に乏しい証言で証拠価値に乏しい。

2 仮に岡田証言のいうような話が取引先からあったとしてもこれを以て原判決の如く「製品の品質、納期等今後の取引の円滑的継続を懸念した問合せ」と評価できるものでない。即ち上告人は一介の現場労働者であってかような立場にある上告人が連合赤軍の坂口、永田をかくまった疑いで逮捕されたことが新聞に報道されたからといって取引先が製品の品質、納期等今後の取引の円滑的継続を懸念したと考えることは荒唐無稽なことである。

3 加えて新聞報道にも「だがこれまでは街頭宣伝やビラ張りなどの活動をしていた程度だった」(昭和四七年八月三日中日夕刊 乙第九号証の一)とある。

4 仮に、被上告人会社の事業執行に支障が生じていたとすれば昭和四七年八月一七日付の「大野信広の行為に関する報告」(乙第三号証)、同月二一日付の「大野信広の懲戒について」との人事委員会議事録(乙第四号証)に、事業支障の事実が指摘されているはずなのに、何らこの点には触れられていない。

5 原判決自体ついに具体的に事業執行の支障の実情を認定しえず「支障が生じたであろうことは容易に推認できるところである」という。これはもはや証拠判断でない。

二、原判決が企業としての被上告人会社の信用ないし社会的評価にある程度の悪影響を及ぼした事実としてあげているのは、被上告人会社の求人に対する昭和四八年度の学校からの応募者数が対前年比の約半分に減少したことであるが、これが仮に事実としても新聞報道と関係があったと考える方こそ常識に反する。進学率の上昇、景気が昭和四八年ころはオイルショック直前で極めて過熱しており一般的に労働力不足の状況等労働経済的観点にその原因を求める方が事実に則している。

証人杉山自ら上告人が逮捕されたことが新聞に報道されたこと以外の要因の存在を認めており、その要因の解明もせずに上告人の逮捕が新聞に報道されたことに原因を求めるのは不当である。

第七点

一、原判決は第一審判決中「原告は犬山工場の稼働期間中特に上司から他と比べて能率が悪いとか不良品の発生率が高いとかの注意をうけたことはなく、むしろ班長からしばしば予定外の残業を依頼されていた」との判示部分(第一審判決二九丁~三〇丁)を削除している。

しかしながら原判決は証人出水泰弘の証言の信用性について第一審判決を引用しておりそれによれば「右認定に反する証人出水泰弘の証言部分は、にわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足りる的確な証拠はない」という(第一審判決三〇丁裏)のであり出水証言を信用しておらず、且つ原審で取調べられた証人小森太雄の証言は認定証拠として掲げていないので同証言を信用しなかったと解せられる(証人出水の証言の信用力については第一審提出の昭和五三年一一月二二日付準備書面六(二)以下で、証人小森の証言の信用力については原審提出の一九八〇年一二月一九日付準備書面二4項でいずれも信用するに由ない理由を述べてある。)。すると原判決が前掲の第一審判示部分を削除する根拠がなくなり、この点重大な理由の阻ごが生じている。

二、又、原判決は「人事委員会においては原告の日ごろの勤務成績、欠勤日数等については具体的資料に基づいて論議された形跡は存しない」との第一審判示部分を削除しているが(第一審判決二七丁裏~二八丁表)、控訴審取調べでの証人村田は岡田参事から八月一七日「大野信広の行為について」との報告書の提出をうけたとき、上告人の勤務状態を調べる必要を感じその旨指示したと証言するものの(原審五回口頭弁論速記録八丁)、勤務状態に関する報告書が提出されたのは「ずっと後になって出された」「人事委員会のあとです」(同九丁、三四丁)というのであるから人事委員会で報告書は出しようがない。

その他第一審で提出した昭和五三年一一月二二日付準備書面六(一)の項で詳述した事実からいえば、原審で取調べられた証人村田の証言をもってしては、第一審判決の上記認定を否定する根拠にならない。

第八点 原判決は上告人の本件解雇は労働組合法七条一号、三号に該当し無効であるとの主張に対し本件解雇は就業規則二三条六号にもとづく解雇であり、その具体的な理由はすでに説示したとおりだとし上告人が労働組合員であること、又は組合活動をしたことを理由とするものでないと判示するが、これは審理不尽の法令違反がある。

大同メタル労働組合の本質が度し難い労使協調的な体質であり被上告人と癒着していたことは証拠上認められるところ、被上告人会社がこうした大同メタル労働組合との労使関係の維持に異常な執念を持っており、かような労使関係を破壊する者として上告人の存在及びその行為をとらえ懲戒解雇に値すると考えたことは岡田一郎自ら公然と認めているところであり(甲第二三号証の一、二二~二五丁、第一審一三回口頭弁論速記録二七~三〇丁)、右の一事をとらえても、被上告人の不当労働行為意思は明白といわなければならない。

被上告人会社は工場委員会を作って大同メタル労働組合の体質改善に乗り出した上告人外工場委員会のメンバーの活動を労使関係を乱す反戦派との規定のもとにかねてから大きな関心をもっていたのであり(岡田一郎は、日産、トヨタ、いすゞにおいて昭和二六年ごろ、過激な労働運動をしたことがあり、それ以降労使の信頼関係を重視していること、いわゆる反戦派の組合員の組合活動が労働組合の体質をかえ、これがひいては労使関係の安定を損うと素直に供述している甲第二三号証の一、二二~二五丁)、これが上告人が連合赤軍の坂口、永田両名を隠匿したとの疑いで逮捕された事実が発生するや、これに便乗して一挙に上告人外工場委員会のメンバーたる組合員の企業からの放逐を実行したのが本件解雇の本質であり不当労働行為以外の何ものでもない(本件解雇が不当労働行為である理由は第一審提出の昭和五三年九月一三日付準備書面で詳細に述べたので引用する)。

以上

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